自らの人形になる

私は暴行をうけていました。というのは嘘でございます。きっと私は誰かに構ってほしくって暴行されていたという過去を捏造しているのでしょう。だから、私はニシンが好きだというのもきっと、私じゃない私が出した嘘偽りでありましょう。そうなのです。根底にいる自分のような何か。純粋で残酷な子供のような融通の利かない感情の塊、トラウマ体験のすべてがきっと私を動かしているのです。でも実はそれが本当の自分であり、自分の本性は最奥で生きているのです。だとするならば狂気は私が握っています。思い違いの妄想らしい妄想は非常に悲劇で悲劇すぎるほど悲しくて人を動かすには十分なエネルギーを持っています。それこそ、狂気なのです。私は無意識で有意識を操り、人を都合のいいように動かす、そんな善人気取りの怠惰で無力でちっぽけな愚人でしかないのです。そうならば私は深淵のプラザにすら向かう価値はありません。あの隧道のナトリウムランプも私を照らしてはくれません。私は私の人形にしかなれませんでした。自分でわかってはいるのです。自分がどのような人間で何をしたいのか。でももう私は人形です。私という何かの、薄らぐ過去の、人形です。全ての私の言動は嘘であり、何もかもが私を満たすための道具にしかならないようになりました。自分が自分を動かせない感覚を持ちながらも中身の自分のような核のようなものが私を引っ張っていくのです。電車にひかれようとしたときもそうでした。私は、死にたくないといいながらあの電車に粉々にされることを夢見ているのです。きっと。ですが本心はきっと、人間らしく、死ぬのが怖いのでしょう。未来を失うことを分かっていて突飛な行動をとらせても結局は死ぬのが怖いのが自分の本性であります。過去のつらい記憶もきっと人形の私の仮面です。自分は自分で知らないふりをしながら記憶を改変し続け、虚構に怒鳴られ殴られがんじがらめにされ、本当にあったかもしれないトラウマすら認識できず私は散らばりました。私は再回収不可能です。崩壊し人形と核になり混ざりあう私は、分からないを口にしてすべて悟ってしまいました。しかし実は、私はどこに向かうのかなんて、もう知っているのでしょう。私は私の人形なのだから。全ての意思を私が握り私が動かされるのでしょう。

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